ナロー・ダウン わずかに戻った思考力を頼りに、私は大学の研究室のサイトを渡り歩いていた。どのアミノ酸が脳関門を通れるのか、帯状回を直接刺激することは可能なのか、セロトニンの生成速度を決めている要因は何か… |
はじまり - 9年前 工業化学という学問を学んだ私は、薬品とは何の関係もないゲーム会社に就職した。当時は「次世代ゲーム機戦争」などとマスコミにもてはやされていた時代で、私は業界2位の会社で新機種の一部を開発していた。 |
離人症が併発 もはや出社してもほとんど仕事にならないようなある日、外部からお呼びがかかった。独立して会社を興した元同期入社の人間が、その新会社へ来ないかと言ってくれたのだ。私は自分のキャリアの将来に魅力を感じていなかったので、その誘いを受けた。小さくて新しい会社なら、面白い経験が出来ると思ったのだ。 |
現実が遠のいていく- 回復から5年前 紆余曲折あり、私は10人の会社を新設し、代表として働きはじめた。音楽屋のはずが社長になり、覚えなければいけないことは山ほどあった。当時はそれなりにやりがいも感じていたが、さまざまな不調が現れてきた。目の前で他人が話しているのに、ずっと遠くにいるように現実感がない。突然方耳が聞こえなくなり、数秒間で元に戻る。血圧が高いわけでもないのに、目の前が霧のように白くなることがある… |
協力者:医師との出会い- 回復から9ヶ月前 何件か見た後、サイトに「患者の最高のパフォーマンスを1ヶ月以内に取り戻す」と書いていた渋谷の診療所を見つけ、早速連絡した。私はとにかく気力を取り戻したかった。寝ても食べても疲れが取れないのを何とかして欲しかった。 |
最悪の日- 回復から45日前旅行から戻って10日間、私は家から一歩も出られなかった。ひどい虚脱感で立ち上がるのも辛く、ただ食事と睡眠だけを繰り返した。薬は指示通り飲んでいたし、差し迫った心配事はなかったし、本を見ても「気分転換の旅やドライブは問題ない」と書いてあった。全くわけが分からなかった。 後になって分かったのだが、実はうつ病患者にとって旅は禁物。正確には「新しい環境に身を置くこと」をしてはいけない。環境の変化に対応しようとすることは、立派なストレス要因なのだ。 2件目への通院から8ヶ月。私は初めてうつ病に自分から取り組むことにした。今の治療法にはきっと何か問題があると思ったからだ。離人症も耳鳴りも改善していなかったし、薬(ドグマチール)の副作用で体重は 96Kg にまで増えていた。改善した自覚症状が1つもないことに気づき、私はうつ病の治療法についてネットで調べ始めた。 「うつ病の原因は、脳の中で2つの物質、セロトニンとノルアドレナリンが足りなくなること。だから、この2つの物質の働きを補う薬を飲むと症状が治まる」。どのサイトを見ても、どんな本を読んでもこう書いてあった。しかし、抗うつ薬は飲んで30分で実際に機能すると言われているが、それならばなぜ効果が出る=症状が改善されるまでに早くても2週間以上かかるのか? 結論から書くと、「うつ病の原因を確定した人は、実はまだ誰もいない。セロトニンとノルアドレナリンの欠乏は、うつ病の原因ではなく結果の一つ。だから、セロトニンとノルアドレナリンが足りるようになっても、根本原因は手つかずのまま。当然、うつ病の症状がおさまることはない」。 要は対症療法に過ぎず、脳の自然治癒を待っていたのだった。そしてもっと悪いことに、脳の自然治癒を助けるようなことは現在のうつ病治療ではほとんど何も行われていないのだ。 私はうつ病のメカニズムを調べ続け、本当の原因は脳の中の扁桃体という部分が興奮することにあるのではないか、と考えるに至った。人間にストレスが掛かった時、一番先に反応するのが扁桃体だからだ。 なぜ扁桃体が興奮するのか? どういう場合に「癒し」を感じるのか? 「やる気」の正体とは何か…?。 いろいろなことを調べ、脳の働きのメカニズムを知ろうと努めた。一般向けの本はどれを見ても 「休養しましょう」「休養が大事」としか書いておらず、とても役に立つとは思えなかった。我々に必要なのは「一体どんな休養が効果的なのか?」ということなのだが…。 うつ病患者は概して頑張るタイプで、休養の取り方をすっかり忘れてしまっていると思う。そんな人間が「はい、休養して下さい」と言われても、どうしたら良いか分からないだろう。私自身、どう休んで良いのか分からなかった。 私は「そもそも休養とは何か」を調べるという、いささか遠回りではあるが確実そうに思えることを始めた。その時には一般向けのうつ病の本よりも大学の研究室のサイトやTV番組の健康法コーナーの方が役に立った。特に研究室の論文は難しい専門用語にさえ慣れてしまえば内容自体はごく簡単で、目からウロコが落ちるような知識に次々と出会うことができた。 そして「休養にも品質がある」ということに気づき、横たわることや睡眠をとること以外にどんな休養を取るのが良いかが分かってきた。 私は、緑を見た時と音楽を聴いた時に最も安らぎを感じることができた。 風にゆれる木や草を眺めている間はマイナス思考を頭から一掃できた。対象が静止物ではなくて常に動いているものが良いようだった。 また、見ている景色に最も合う音楽を思い浮かべたり実際に聴いた時に気分が安らいだ。草原を見ている時は「G線上のアリア (mp3)」、海を見ている時は「on the beach (mp3)」、青空を見ているときは「威風堂々(mp3)」。
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そして回復が始まった
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ただいま!今では朝4時前に起き、ランニングをする。昼間はやりたいことをやり、夜になっても筋力トレーニングをする気力が残っている。眠りも深くなった。 そして何より、「あれがやりたい」「これが食べたい」という自発的な意欲が戻った。 私は帰ってきたのだ。勉強や試行錯誤の日々は無駄ではなかった。そして、今後はこの知識と経験を闘病者と分かち合うのが使命だと感じている。 日本にいる500万人のうつ病患者が、なすすべもなく呆然としているのを救いたい。世界にいる3億人のうつ病患者を、以前の元気だった日々に連れ戻してあげたい。 次は、あなたの番だ。 |